今日の一枚 37° 14' 16.74" N 140° 18' 32.61" E


ユーモラスな河童の親子像が楽しげですが、水難から人々を守ると約束した詫証文伝説を記したもの。ここを河童淵と言います。

由来は、こんなお話のようです。

天正の頃、この地方を馬場八郎左衛門という館主が治めていた。
碁の大変好きな殿様で、いつものごとく女郎寺を訪ね、宥法証人と碁を打ち興じていた。日も暮れかかったので愛馬大月にまたがり、帰城の途についた。
釈迦堂川の淵は秋の長雨で、水かさを増し、渦を巻いていた。
川の中ほどまできたとき大月が突然騒ぎ出した。
不審に思い見ると、河童が馬の尻尾を抜こうとしていた。怒った殿様は河童をとらえ、手打ちにしようとした。
すると河童は悲しげな声で「私には大勢の子分やその家族がいて、ここで殺されると明日から路頭に迷ってしまう」と涙ながらに命乞いをした。殿様も憐れに思い、今後人畜を水難から守らせることを約束させ、詫証文を取り許した。その証文を地下深く埋め、祠、不開神社(赤津)を建て水難除けの神として祀った。
以後、たびたび洪水があっても人畜や農作物の被害はなく、河童の詫証文は今なお信じされている。

日本中にある河童伝説のひとつです。