【上橋 菜穂子】 「夢の守り人」



上橋 菜穂子さんの守り人シリーズ」の第3話「夢の守り人」読了。

1冊読むのに4時間から5時間くらいで読めてしまうので、夜、手に取ってしまうとダメですね。
寝不足です。


夢の守り人 (新潮文庫)
by カエレバ


今回も、「闇の守り人」のときのような、人間の思念がテーマです。

人間の夢を栄養に受粉し、実をつける「花」に取り込まれてしまったチャグム(新ヨゴ皇国の皇太子)とタンダ(バルサの幼馴染の呪術師)の会話に、このテーマが表れています。


タンダはチャグムに言います。
「傷つけられたとき、だれも恨まずにいられる人は、いないだろ。それは心のやさしさとは、また、別のものだよ。それに、夢の中では、人の思いは、恥ずかしいほどに、むきだしになるだろう?
(中略)
ここへさそいこまれたのは、おまえの心が、ここへきたがっていたからだ。きっと<花>の力は、そういう者に強く働くんだよ。」

読んでいて、先日このブログで紹介した、「痛み関連脳領域」と「報酬系の脳」とはセットになっていて、報酬を与えることで痛みが和らぐことがわかっている、ということが思い起こされました。


「痛み関連脳領域」が、身体の痛みも、心の痛みも感じるのだそうです
http://platinum-marketing-management.blogspot.jp/2016/03/blog-post_30.html


この記事にも書きましたが、「ねたみ」という感情も「痛み関連脳領域」の活動であり、他人の不幸を願う気持ち(報酬系領域の活動)が関係しているのです。

本作で、「花」を取り込んでしまうほどの哀しみを持った一の妃のなかでは、「哀しみ」が「ねたみ」という痛みへと変化し、この痛みが大きくなってしまったことから、チャグムの母である二の妃をうらみ、その不幸を願ってしまう(報酬)のです。

小説では、いとも簡単に理解できる人間のこころの活動を、最近では、科学的にも証明できるようになっています。


また、「夢の守り人」で、絶対に読むべきは、養老 孟司さんの解説です。

夢を左右するという主題は、昔から人間が「夢見た」ことの一つである。(略)夢を見ているときの脳は、脳波でみるかぎり、起きているときと区別がつかない。その間に、大脳皮質はいわばちゃんと動いている。だから夢と「現実」が区別がつかなくなるというのは、あんがい的を得た表現なのである。それを変だと思うのは、夢は「現実」ではないと堅く信じているからだが、起きているときの「現実」だって、いわば脳が「夢見ている」ものであることに変わりはない。そう思えば、人生自体が夢であるとしても、それほど変ではない。

しかも、またまたこのブログで紹介した「SNS時代の文章術」にもあった言葉を、養老 孟司さんも書いているのです。

文章はじつは体で書くもので、ふつうに思われているように、頭で書くものではない。リズムはその体から発する。

一週間のあいだに、同じようなフレーズを別々の方、それもまったくジャンルの異なる方から知る、ということは、「文章は体で書く」は真理なのでしょう。


本作では、バルサたちを助けてくれる大呪術師トロガイの若かりし頃も描かれていて、登場人物の背景がすこしずつわかってきます。

著者が、本書で、もっとも描きたかったこと。
それは、「自分を信じる力」だと感じます。


読み終わってから、4作目以降を注文しました!



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