【石原 慎太郎】 「天才」



石原 慎太郎の「天才」読了。

ビッグネームが田中 角栄という歴史に残るビッグネームをモノローグするというフィクション。

実は石原 慎太郎の作品をはじめて手に取りました。


わたしにとって石原 慎太郎という人は、作家ではなくて政治家だったためでしょうか。
話題になる作品を書いておられるのですが、食指がわかずにおりました。


ですが「天才」は、田中 角栄という政治家を描いたものということで、
刊行時からとても興味がありました。


天才

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本書のなかにもありますが、現在の日本の形は、田中 角栄が40年前から50年前にえがいたものと思ってよいです。

全国に新幹線網をはりめぐらし、各県に空港を置き、人々が頻繁に移動することを前提とした未来を完全に読んでいた稀有の政治家だった田中 角栄の政治手法が、その生い立ちにあるとして、主人公・田中 角栄の言葉としてストーリーはすすみます。


父が競馬に熱中し、子どもながらに親戚に借金をして父に金をとどける主人公。

最初はなる気のなかった政治家。

「日本列島改造」というマニフェスト。

日中国交回復のあたりから、アメリカの意向に反した行動が目立つようになり、ロッキード事件で有罪判決を受ける元首相。

金権政治、土建政治と批判されはしたものの、田中 角栄がおこなった政治は「愛国心」から、日本の将来を見据えた政治であった、と作者は断じます。

天才であった政治家を、当時の政府は司法をねじまげても、アメリカの策謀にのり表舞台から消し去った。

本作は、モノローグであるためか、非常に読みやすく、田中 角栄がたどったであろう心の動きを、水が流れるかのように書き表しています。

その分、いったい何が起こっているのかといった出来事についてはほとんど描かれていないため、当時の記憶があるほうが読みやすいのです。

そんなこともあり、本作は、老人が老人(読者)のために書いたエンターテインメント、といっても良いと思います。

老人共通の話題としての田中 角栄は、60代以上の、特に男性にとって、誰しも知る人物であり、メディアに乗らない日はない人物であり、週刊誌のスターでした。
しかし一方で、下世話な話ばかりが世間を闊歩し、田中 角栄という稀代の政治家の政治家としての本質を多くの人は知らない。

石原 慎太郎は、歴史の生き証人として、田中 角栄の本質を書き残す、という使命感で本書を書いた、と後書きに書いています。


愛国心のアイコンとしての田中 角栄。

本書によって、アメリカに挑んで負けた田中 角栄は、判官びいきの日本人にとっての新しいヒーローとして生まれ変わる予感があります。

関連書籍も追随しているので、田中 角栄の再評価が近い将来はじまるのではないでしょうか。


たんたんと、そして一気に読めてしまう本作ですが、脳梗塞後の田中 角栄のモノローグには心打たれるものがありました。

181ページからはじまる脳梗塞で左脳に大きなダメージを受けた田中 角栄のモノローグは、まさにこのようなことを感じながら、残った人生を費消していくのか、と感じさせられます。

それから始まった日々を何といったらいいのだろうか。それはこれまでの俺の人生とは真逆のものとしかいいようがない。言葉は出なくなってしまったが、頭はまだはっきりとしていて考えることはまともに出来るのだが。
このもどかしさは一体いつまで続くというのだろうか。果たして俺は俺自身として復活できるのだろうか。そのいたたまれなさに苛立ち叫ぼうとしたが、声が出ない。そして思わず涙が流れていた。それに気付いてさらに涙が溢れてきた。

老人が老人(読者)のために書いたエンターテインメントとして、寝たきりの自分をシミュレーションするかのような記述が、家族に思いを巡らせながら、進んでいきます。

ときに映画全盛時代の名作映画にことよせて、病床の田中 角栄の心模様を描き出し、そして臨終の場面で終わります。

それに応えて俺はただ、「眠いな」と答えた。そしてそのままもっと深く永い眠りに落ち込んでいったのだった。


当時のことを知らない若い方で、田中 角栄に興味がある方は、次の書籍をお読みになると理解がすすむでしょう。
作者も、これらを後書きであげています。



私の履歴書 (1966年)
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戦後最大の宰相 田中角栄〈上〉ロッキード裁判は無罪だった (講談社プラスアルファ文庫)
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戦後最大の宰相 田中角栄〈下〉日本の政治をつくった (講談社プラスアルファ文庫)
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ロッキード裁判とその時代〈2〉1978年5月‐1980年7月 (朝日文庫)
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ロッキード裁判とその時代〈4 1982年1月―1983年12月〉 (朝日文庫)
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熱情―田中角栄をとりこにした芸者


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