【松井 今朝子】 「壷中の回廊」



歌舞伎の企画制作を行っていた、元松竹社員の松井今朝子さんの「壺中の回廊」読了。

関東大震災のあと、歌舞伎座(作中では木挽座)が鉄筋コンクリートで再建されたあとの歌舞伎座が設定のミステリー。


壺中の回廊

松井 今朝子 集英社 2013-06-26
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松竹の 歌舞伎座について:歴史 によると、第三期歌舞伎座の時代になります。


まず、歌舞伎といえば歌舞伎座、というのは最近100年くらいのことで、そもそも江戸には4つの座がありました。

現在の歌舞伎座がある木挽町は、慶長11年(1606)に江戸城造営関係の鋸匠を住まわせたところで、前面の海が埋め立てられて森田座が創設されるなどした、当時の歓楽街でした。

木挽町五丁目には1642年に山村座が創設されますが、正徳4年(1714)、絵島生島事件で断絶となります。
それまでは堺町の中村座、葺屋町の市村座、それに木挽町の森田座とともに江戸四座といわれた大劇場でした。

いっぽう、江戸の芝居小屋は、亡くなった18代目中村勘三郎の初代である猿若(中村)勘三郎が1624年(寛永元年)に興した「猿若座(=中村座)」に始まる、という記事もありました。

現在の歌舞伎座の位置は森田座と完全に一致するわけではないそうですが、木挽町はそういう歴史の場所なんですね。


さて、本書です。
時代は、1930年前後の昭和ヒトケタに設定されているようです。

というのも、江戸時代からつづく役者の家柄と、小屋芝居から歌舞伎に移ってきた役者とのあいだにある歌舞伎社会のヒエラルキーなどが、重要なファクターとなっているからです。

おりしもソビエト連邦が誕生し、世の中は共産主義や社会主義を「赤(アカ)」と呼び、赤狩りがはじまっていたころ。

底辺の役者たちが集まり、会社(つまり松竹)に対して待遇改善を要求するという行動に出ようとします。

実際、歌舞伎の歴史には、梨園の封建的なあり方に疑問を呈する形で二代目市川猿之助が春秋座を結成したり、さらに昭和6年(1931年)には4代目河原崎長十郎、3代目中村翫右衛門、6代目河原崎國太郎らによる前進座が設立され、封建制的な部分に反発する役者が多く出現した時期があります。

そういう時代にあった、本当の話を縦軸に、横軸として、人気役者の殺人事件がからんでくるというもので、最初はフィクションなのだろうな、と思って読んでいましたが、かなりの史実・事実が含まれているのではないだろうか?と思わせる作品です。

歌舞伎をお好きなかたはもちろんですが、歌舞伎に興味はなくとも、日本の歴史をもっと知りたいという方にもおすすめです。


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