【岡嶋 二人】 「99%の誘拐」




岡嶋 二人の傑作誘拐ミステリ「99%の誘拐」読了。
1988年に発表された当時、読者の度肝を抜いた作品です。もちろん再読。

クラインの壺」につながる後期の傑作として知られている作品ですが、最初に読んだときの衝撃が強かったためか、読み始めてすぐにプロットを思い出しました。

そうそう、こういう物語だった・・・。


99%の誘拐 (講談社文庫)

岡嶋 二人 講談社 2004-06-15
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日本のコンピュータ産業の黎明期を舞台背景としている「99%の誘拐」は、コンピュータとパソコン通信(草の根BBS)がアリバイトリックとなっていて、ハッキングまで登場します。

犯人の動機面では、日本のコンピュータ産業の裏には、こんなことがあってもおかしくないかも、と思わせるだけの説得力があります。



三億円事件と同じ年に起きた誘拐事件


物語は、昭和43年に起こった三億円事件と同じ年に、5歳の子どもが誘拐されるという事件が起こったことを、その父親による手記としてはじまります。

父は、戦後すぐにアメリカに渡って半導体産業に身を投じ、アメリカでの経験を生かして昭和30年代に日本で半導体工場を創業したという、コンピュータ黎明期の起業家。

当初は、アメリカ企業の後押しもあり、日本での地盤を築いていきますが、そのアメリカ企業が日本市場を撤退することになって窮地に陥ります。

独立系の半導体企業として継続していくか、それとも大手カメラメーカーの援助(つまり買収)を受けるかというときに、息子が誘拐されます。

身代金は5000万円。
しかも金の延べ板(当時の価格1400円超で75キロ)にして運ぶことになります。

そして誘拐事件は、新幹線、フェリーなどを乗り継ぎ、東京から北九州へと移動していきます。

フェリーから身代金の金を海に投じ、無事に息子は戻ってきますが、父が用意した5000万円の身代金は、実は会社再生のための資金だったのでした。

結局、カメラメーカーに半導体工場は買収され、父は起業家から事業部長となります。


19年後、瀬戸内海で金75キロが発見される!


すでに誘拐事件は時効をすぎ、誰もが忘れ去っていたころ、瀬戸内海で、誘拐事件で犯人に渡ったと思われていた金が発見。

しかも、その発見には、買収したカメラメーカーの元総務部長の死が絡み、誘拐事件は買収工作のためのものだったのではないか、という方向が示されます。


パソコン通信のゲームで子どもをおびき出す


カメラメーカーの社長の孫(小学生)が、ある日、行方をくらまします。

犯人から「誘拐した」という電話がかかりますが、その声は電子音。
パソコンに打ち込んだ文字を音声にして出力したものでした。

子どものおびき出しにはパソコン通信でチャット、監禁にもコンピュータを使った、当時としては目新しい技術が盛り込まれ、ストーリーはいっきに近未来的になります。

いいかえると、今ならこんな誘拐はすぐにできるな、という感じで、「99%の誘拐」はいま再読するとよくわかる作品なのです。


共犯者ゼロ、犯人は海外にいた!


犯人は、父の後を追うようにコンピュータ業界に身を置いた、かつて誘拐された息子。
優秀な技術者として、カナダに転勤しています。

そのカナダから、パソコン通信を通じて子どもをおびき出し、電話をかけ、監禁までおこないます。

しかも身代金の受け渡しには自分を指名し、ひとりで犯人と身代金の受け渡し役の二役を演じ切ります。

当時の最先端の技術を解説しながら物語は進行します。
そういう意味では、新時代のツールを駆使するミステリは、時代の教科書のようなところがあります。


身代金の受け渡しはスキー場


映像化されることを意識したのか、アクションも盛りだくさん。
たしか本作も2時間ドラマ化されていたはずです。

最大の見せ場は、身代金として用意した10億円のダイヤモンドの受け渡しがスキー場での、スピード感あふれるスキーの様子。

犯人はインターハイで滑空5位という設定で、バブル期のスキー人気も狙っています。

さらに東北自動車道を北上させたり、サービスエリアでは、同乗している刑事を降ろしたり乗せたりし、これが伏線となっていたりします。

犯人がわかっているのに、読者は作中人物のひとりになってしまったかのように、犯人のトリックにどんどん引き付けられていきます。


なぜ犯人はひとりなのか


文庫版解説を書いている西澤保彦氏は「孤独」を描き出すための演出だったと書いています。

誘拐ものは複数というのが常識ですが、その常識を打ち破り、たった一人で実行するためのIT利用を書きたいがための設定ではないか、と批判されることもあった「99%の誘拐」には、犯人となった息子の深い孤独が横たわっているというわけです。

わたしも同意です。

父が信じた部下が演出した誘拐事件。
もちろん買収されるため。

犯人自身も、我が子のようにかわいがってくれる父の友人であり上司が、自分を誘拐した一味だったことを知ってしまい、かつての誘拐事件をなぞるかのような事件を計画し、実行します。

共犯者がいなかった、というよりも、父の無念を晴らすためには一人で実行しなければならなかった、ということ。

軽快に進む物語の裏側には、こんな人間関係、人の情が描かれています。


理系作家の系譜


99%の誘拐」では、日本のコンピュータ業界の黎明期が描かれ、初期のパソコン通信などが登場し、公衆電話でネットにつなぐとか、いまでは考えられないようなことが描かれています。

わたしも公衆電話からネットにつないだことがある人間なので、当時つかっていたパソコンなど思い出しました。あの頃はIT周りはなんでも高価でした。


わたしの読んだ中で、本作の後継作となるのは東野圭吾の「白夜行」でしょう。
集英社『小説すばる』1997年Ⅰ月号から1999年Ⅰ月号に連載され、1999年8月に刊行された傑作ミステリです。

その「白夜行」には、パソコン通信時代のゲーム販売の様子などが、実は詳しく描かれています。

内容が衝撃的過ぎてか、見落とされがちなのですが、家出少年で就職できない男の収入源としてゲームがその役割を担っているのです。

99%の誘拐」では半導体というハードに支えられたITの技術的側面が描かれていて、陽の当たる場所にいる人たちしか登場しません。

右肩上がりの時代だからなのか、それとも作家の方針なのか、岡嶋作品はどれを読んでも暗く落ち込むことがありません。どこかに明るさがあります。

いっぽうの「白夜行」は、陽の当たらない場所から這い上がる女は女の武器を駆使し、それを支えるために陽の当たらない場所で生きる男はITを飯のタネにして、その身を隠しています。

白夜行」が書きはじめられた1997年は、大手銀行が倒産し、社会に動揺が走り、それまでの価値観が変わり始めた頃。
「就職氷河期」がはじまったころとも一致します。

ネットを使えば稼げる、ということが少しずつ認知されはじめた頃でもあります。

そんな時代の振り返りとして、当時台頭していたゲームとパソコン販売の黎明期を描いた東野圭吾は、やっぱりすごいです。


白夜行

東野 圭吾 集英社 1999-08
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